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Story

Episode 01
ノート

声が聞こえた。いや、聞こえたということだけを覚えているが正しいのだろうか。時折現れるその声は、わたしを「浅はかだ」と罵った。いや、違うかもしれない。「浅い知識だな」と言ったのかもしれない。どちらでも構わないが、少なくともわたしはその声を聞いてとても恥ずかしくなり、開いたばかりのノートを見つめた。

「……はぁ」

 小さな頃から様々な世界を空想していた。

 それは想像というほど創作的なものではなく、頭の中にふと湧いてくるイメージや夢の様なものだったが、まるで「古い記憶」の様に頭の中に現れるものであった。

 はじめは可愛らしい空の色をした高原の記憶。学校に通い始めた頃からは、何処かで見たような厳粛とした町の記憶。映画でしか見たことのない炎に包まれているような町や、巨大な人形が徘徊する迷宮。どこか歪ですべてが他人事の様な未来の都市。こことは違う、友人達に囲まれた学校。色々な世界での記憶が頭の中に流れ込んできていた。

 だんだんと増えていくそれらの記憶を、わたしはいつしかノートにまとめるようになっていた。
 きっかけは単純で「その話面白いね! 続きはどんなお話?」、と小学生の頃に仲の良かった友人から言われたことだった。私は浮かんでくる記憶を話しているだけだったが、周りからは創作活動だと思われていると気づいた。それならばと変に悪目立ちしたくなかった私は、浮かぶ空想をノートに書き留めるようになった。
 お話を考えるのが好きな人間に見られたかったのだ。
 それから書き留めたノートは何冊にもなり、スマホをもらった事をきっかけにこれらの空想をインターネットで投稿し始めた。その結果できあがったのが今のわたしだ。インターネットでの友人は何人かいるが、現実では上手く周りに馴染めない物書きの出来上がり。無事、不思議ちゃん。

 いつもの様に思い出した記憶を書き記そうとしてたはずなのに、その声のせいで、何を書いても思慮が足りなく知識が足りなく、人から馬鹿にされるようなものしか書ける気がしない。生み出しているわけではなく、ただただ浮かんだ空想を書き留めているだけなのに人の目が気になる。わたしはただあの世界の事を正しく伝えたいだけなのに、言葉が浮かばない。

―――何故、自分はこの記憶を人に伝えたいんだろう?

 ふと浮かんだ考え。「もうノートに書いてネットに投稿する必要もなくない?」、と思ってしまうが、そうしてしまうと何か大切で、大きな存在が消えてしまう気がして、背筋がヒヤッとした。理由は定かではないが、とにかく駄目だと感じたのだ。

 ふとイヤホンから薄く流れる音楽が騒がしく感じた。小さな風の音、野球部のバッティングの音、遠くのバイクの音が私を現実の世界へ戻した。時計を見ると十七時を過ぎていた。一時間以上もノートを開いたままボーッとしてしまった。だからといってこの後に何処かに遊びに行くわけでもなく、ただ自宅に帰って特別何をするでもない怠惰な時間を過ごすだけなのだが。

 机に広げた荷物をまとめ、立ち上がる。窓から見える空はいつの間にか暗い青が広がるブルーモーメントだった。窓越しにその世界を眺めた時、ふと自分の中でストンと何かが埋まった気がした。この景色と同じ様に唯このまま暗くなっていくだけの自分のストーリーからわたしはなんとか逃げ出したいのだ。

 小さな気づきの爽快感と結局何も変わる気配のなさに複雑な感情になりながら、わたしは帰路についた。

  • Illustration
    神谷雄貴